この記事でわかること
あきら✅ 取り柄は続けることで、研究以外では資格をいくつか取得
✅ 修士1年から自分軸手帳を使って、今は4冊目
✅ 院生を経て、社会人2年目
研究室に行けば、先輩も同期もいます。それなのに今日も誰とも話さずに帰ってきた、そんな日はないでしょうか。「研究室ぼっち」と検索したくなるのは、そういう日の帰り道だと思います。
私にも、その帰り道がありました。学部の頃、約1年は研究をほとんど見てもらえず、先輩に「一人でできるだろうし、一人で頑張れ」と冗談まじりに言われて笑い合いながら、心の中では「いや、助けて」でした。
この記事は、周りに人はいるのに自分だけ繋がりがない学部生・院生へ、社会人2年目の私が学生の頃を振り返って書くものです。
人のできていないところばかり見るのをやめて、自分に焦点を当てるようにしてから、人の良さも自分の強みも認められるようになりました。 気づけたのは、修士1年から書き留めるようになってからです。学部の頃は「自分は報われないな」と思っていましたが、そう感じる状況は自分の手で変えられると、今は分かっています。だから、研究室にいただけのあの1年も、無駄だったとは思っていません。
学部の頃|研究を見てもらえなかった約1年と、見てもらえた時期
学部3年頃から約1年、私は研究をほとんど見てもらえず、研究室にいただけでした。見てもらえるようになったのは、学部4年で卒論が近づいた頃からです。
学部3年頃からの約1年|研究室にいただけ
研究室には行っていました。それでも私は、研究をなかなか見てもらえませんでした。
学部3年頃から、周りは研究を進め始めていました。私も自分で調べ続けてはいましたが、進め方そのものが分からず、研究としては何もできていませんでした。
人との繋がりも作れず、趣味の話で誰かと仲良くなるのも、研究以外の時間を誰かと共有するのも難しくて、研究室にいただけでした。研究も進まず繋がりもないまま、約1年が過ぎました。変わったのは、学部4年で卒論が近づいた頃です。
見てもらえた時期|学部4年の卒論が近づいた頃から
修士に入ってからは、見てもらえないと感じることはなくなりました。変わり始めたのは、学部4年で卒論が近づいた頃からです。
私のいた研究室では、上の先輩や研究室の方針で「この学年にはこのタイミングで見る」がある程度決まっていたようで、待っていれば来る時期でもありました。
ただ、待つだけの毎日より、自分から先輩に声をかけに行く方が、気持ちは落ち込まずに済むと思います。私が見てもらえるようになるまでの間に変わったことが2つあります。先輩と「近い研究」を一緒に進めるようになったことと、そこから週1で話す場ができたことです。どう声をかけて、どう週1の場にしたかは、次の記事に書いています。


私がしたこと|修士1年から、手帳に書き留めた
私は修士1年から自分軸手帳を使い、その日にうまくいったこと・いかなかったことと、明日どうするかを書き留めるようにしました。書き留めたことを次の日に活かす、それだけです。手帳でなくても、スマホのメモで足ります。 私は修士1年からでしたが、学部生でも今日から同じことはできます。


本より実践|書き留めて、次の日に活かす
本も読んでいましたが、結局は実践でした。目の前のことに挑戦して、書き留めて、次の日に活かす、の繰り返しです。本を読んでいた頃にできなかったことが、これを続けてからできるようになりました。
学部1〜2年の頃は、自己啓発本を読んでいました。読んで知ってはいても、できてはいませんでした。書き留めるようになってから数ヶ月で、できるようになったことが2つあります。変に落ち込みすぎないことと、隙間時間で勉強を進めることです。
書き留めてから気持ちの浮き沈みが小さくなって、うまくいった日も失敗した日も、淡々と自分と向き合えるようになりました。
時間の使い道|幸せだと思うことと、成長すること
幸せだと思うことと、成長することに、迷わず時間をかけられるようになりました。私にとって幸せだと思うことは遊ぶことと大切な人と過ごすことで、成長することは隙間時間の勉強と資格の取得でした。
遊ぶことにも、大切な人と過ごすことにも、書き留めているうちに少しずつ時間を使えるようになりました。隙間時間の勉強も続けて、資格をいくつか取れました。社会人になった今も、何に時間を使うかは自分で決めています。
気づけたこと|人の良さと、自分の強み
人の良さと自分の強みは、別々に気づいたのではありません。人のできていないところばかり見るのをやめて自分に焦点を当てた、その一つの切り替えの両面です。人の側では、欠点も良さも見たうえで良さを素直に受け止められ、自分の側では、すごい人と比べても自分の強みが分かります。
前の私|一つの物差しで比べて、人のできていないところを見ていた
受験までの私が見ていたのは、勉強かスポーツ、どちらか一つの物差しで人が並ぶ世界でした。その物差しのまま、人のできていないところばかり見ていました。
勉強の力かスポーツの力、どちらかの上下だけで優劣がついていました。そこで人の上に立って威張る人が、身近にもいたんですよね。そういう人を見て、「自分はあんまりできないんだな」と思っていました。学部の頃も、「自分は報われないな」という気持ちでした。
人を見るときも、同じでした。正直、人のできていないところに目がいって、「そういう面があるから、この人はあまり良くない」と思ってしまっていました。あまりにすごい人を見たときには、比べて劣等感を持っていました。
気づけたのは、書き留めるようになってからです。私が人のできていないところばかり見ていたのは、自分が弱かったからでした。そこからは、人ではなく自分に焦点を当てるようにしました。
人の良さ|欠点で止まらず、良さを素直に認められる
自分に焦点を当ててから、人の欠点だけでなく良さも分かるようになりました。良さは自分より秀でているところだと、素直に受け止められます。
前は「そういう面があるから、この人はあまり良くない」で止まっていました。今は「そういう面もあるけど、こういう良さもある。それは自分より秀でているな」と思えて、その人を尊敬しています。欠点に気づかなくなったわけではなく、欠点で止まらなくなっただけです。
自分の強み|すごい人と比べても、続けることは自分の方が上
研究のセンスや突出した能力は、ありませんでした。あるのは、続けることだけです。すごい人と比べれば、自分はまだ未熟です。それでも、続けることだけは自分の方が上で、それが強みだと今は思えます。
ゼミの発表が続いて忙しい時期も、前回から何か一つは進めた状態で発表に臨みました。授業の成績も落としませんでした。何より、研究室に行くこと自体を続けました。どれも、一定のペースでやり続けたんですよね。
一つの物差しで比べていた頃は、続けたことを強みだとは思えませんでした。自分に焦点を当ててからは、続けていること自体が自分の強みだと思えて、それが自信になっています。
まとめ:研究室ぼっちは無駄じゃない|気づけたのは、人の良さと自分の強み
人のできていないところばかり見るのをやめて自分に焦点を当ててから、人の良さも自分の強みも認められるようになりました。「自分は報われないな」と感じる状況は自分の手で変えられると分かった今、研究を見てもらえなかった学部の約1年も、無駄だったとは思っていません。 書き留めることなら、今この場で始められます。
- 見てもらえなかったのは、学部3年頃から約1年
研究室には行っていましたが、研究は進まず繋がりもないままでした。学部4年で卒論が近づいた頃から、見てもらえるようになりました。 - 私がしたのは、修士1年から書き留めること
その日にうまくいったこと・いかなかったことと、明日どうするかを書いて、次の日に活かしました。 - 気づけたのは、人の良さと自分の強み
人のできていないところばかり見るのをやめて、自分に焦点を当ててからです。人の良さは自分より秀でているところだと素直に受け止められ、続けることは自分の強みだと思えました。 - 無駄じゃないのは、研究室にいただけの約1年
「自分は報われないな」と感じる状況は、自分の手で変えられると、今は分かっています。
手帳を買うかどうかは、スマホで続きそうだと思えてからで大丈夫です。修士1年から使っている自分軸手帳については、日記が続かなかった私が4冊目まで続けられた理由を7つに分けて、別の記事にまとめました。書けない日があっても戻れることも、その記事に書いています。


もう一つ。繋がりがないというより、同期はいるのに噛み合わなくて疲れる、という方には、私が研究室を合わないと思っていた頃の記事が近いと思います。合わないのは性格の相性ではなく、雑用・研究室の使い方・感謝の3つで考え方がずれているだけでした。自分と相手のどこがずれているのかを、考え方の違いとして整理できます。









