この記事でわかること

あきら✅ 学部3年から研究を始めて、修論まで4年弱
✅ 国際学会で発表し、奨学金は全額返還免除
✅ そのうえで博士には行かず、修士で就職
向いてないのに、あと1年以上ここにいるのか。そう思いながら研究室に向かう日が続くと、しんどいですよね。この記事は、研究が向いていないと感じている修士へ、同じことを感じて修士で就職した私からお伝えするものです。 先に結論を書くと、向いているかどうかは、成果が出たかどうかでは決まりません。 私は学会発表も奨学金の全額免除も受けたうえで、向いていないと判断しました。辞めるとも続けるとも決めつけないので、進路を決めるときの手がかりにしてください。
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成果が出ても、向いているとは限りません
成果と向き不向きは、別のものでした。 私は学部3年から研究を始めて、修論まで4年弱やりました。国際学会でも発表しましたし、奨学金は全額返還免除になっています。
それでも、自分は研究に向いていないと思っています。
免除の申請をした1月の締め切り時点で、私には論文が1本もありませんでした。発表や成績、TAの評価が合わさった結果が全額免除だっただけで、研究者としての力が認められたわけではないんですよね。研究のセンスや突出した能力があったわけでもありません。続けられたこと以外に、自分の取り柄は無かったと思っています。
成果と向き不向きが別のものなら、成果が出ていないことも、向き不向きの判断材料としては弱いはずです。実際、私は成果が出ている側にいて、それでも向いていないと感じました。ここは切り離して考えた方が、判断しやすくなります。
私が「向いていない」と感じた3つの場面
私の場合は3つでした。①ゼロからアイデアを出せない、②新規性を出しても意義を示せない、③勝てない相手が近くにいた、です。


① ゼロからアイデアを出すのが苦手だった
大学院では新規性が強く求められます。誰もやっていないことをやる、という意味です。
人のテーマを引き継いで進めることはできても、何もないところから自分で問いを立てるのは、最後まで得意になりませんでした。
② 新規性を出しても、意義を示せなかった
ここが私にとって一番長い足踏みでした。理由は私の力というより、研究の進め方そのものにあります。
誰も手をつけていない分野を選べば、新規性は出せます。でも先行研究が無いので、その研究に意義があることを示すのが難しい。 意義があると分かっていることは、大抵もう誰かがやっているんですよね。
では意義がはっきりしている盛んな分野に行くとどうなるか。今度は新規性を出すのが難しくなります。世界中から毎日のように最新の研究が出てくるので、それを追い続けなければいけません。追いつけずに内容が被れば、その時点で新規性は無いことになります。
どちらを選んでも詰まるので、この世界でやっていける自信が無くなりました。
③ 勝てない相手が、すぐ近くにいた
研究室には、圧倒的な先輩や先生がいました。アイデアの出し方も、数学の知識も、まったく届かない。
この分野で、この勝負の仕方では、自分は芽が出ない。 そう気づかされたのが三つ目です。
残ったのは、こういう人でした
私の周りでは、向いていないと言って離れた人の方が多かったです。 残った人は、研究の力が抜きん出ていて、賢くて、我慢強い人でした。
一つだけ先に書いておくと、修士は2年、博士はそのあとの3年です。私は博士に進んでいないので、博士の中の話は周りを見ていた範囲でしか書けません。
そのうえで感じたのは、良い研究にするハードルは、そこからさらに高いということです。卒論から修論になって、書くものは多少まともになりました。それでも、その分野を引っ張っていく1本になるような研究にたどり着くのは、本当に難しい。学会で発表はできても、そこまで届いている実感は持てませんでした。
そう感じる人は、たぶん多いです。そこを何とも思わず切り開いていける人が残っていく、というのが私の見方です。だから残った同期を見て、すごいなと素直に思っています。


それでも、修士の2年は無駄になりません
研究の成果が出なくても、就活で見られるのは過程の方でした。 ここは実際に体験しています。
面接で研究の話をしたとき、掘り下げられたのは結果ではなく過程の方でした。何をどう進めたのかを聞かれた記憶の方が残っています。
奨学金の全額免除も、論文が1本も無い状態で受けられています。発表・成績・TAと、一つ一つは小さい評価が合わさった結果でした。向いていないと感じながら続けた2年でも、残るものはあります。




私が修士で就職を選んだ3つの理由
違う世界で力を試したかったこと、早く稼ぎたかったこと、周りもそうだったこと。この3つです。
全く違う世界で、いまの力を試したかった
大学院で過ごしていると、だんだん世界が閉じてきます。学会に出れば他大学の人と話せますが、そこで会うのも似たような人たちなんですよね。
刺激を受ける面はもちろんあります。ただ私は、まったく違う世界で、いま持っている力がどこまで通用するのかを見てみたくなりました。 社会に早く出て還元したかった、というのが近いです。
早く稼ぎたかった
これは正直なところです。博士課程に進めば補助金が出る制度はありますし、それを理由に進む選択も十分にあると思います。
ただ、それ以上に稼げるのは社会に出ることでした。ここは自分の中ではっきりしていました。
周りもそうだった
先輩や同期の間に「当然、就職するよね」という空気がありました。
流された、と言われればそうかもしれません。ただ、周りの選択が影響するのは自然なことだと思っていますし、これも理由の一つでした。


まとめ:向いていないと感じたことは、進路を決める根拠になります
- 成果と向き不向きは別。私は学会発表も全額免除も受けたうえで、向いていないと判断しました
- 私が感じたのは3つ。ゼロからアイデアを出せない/新規性と意義が両立しない/勝てない相手が近くにいた
- 周りでは離れた人の方が多かった。残った人は長けていて賢くて我慢強い人でした
- 向いていないと感じながら過ごした2年でも、就活で見られるのは過程なので残るものはあります
向いていないと感じること自体は、失敗ではありません。自分がどこで続けるかを決めるときに、根拠が1つ増えたということだと思っています。









